千種区の今池にあります高価買取専門店、おたからや今池店の鈴木です!!

前回ディオールの生い立ちからディオールの歴史をお伝えしました。

今回は鮮烈なデビューから亡くなるまでの10年間の歴史にのせてディオールのオートクチュールのラインをご紹介します。

ディオールのオートクチュールライン

1947年 – 2月12日クリスチャン・ディオール初のオートクチュール・コレクションを開催。戦後間もない簡素な装いの時代に贅沢な素材と女性らしいシルエットで全世界に衝撃を与え、女性たちを魅了した。コロール(花冠)ラインは、当時ハーパス バザーUSの編集長であったカーメル・スノーにより「ニュールックだ!」との言葉からその後「ニュールック」といわれ、その伝説の誕生後、毎シーズンごとに様々なラインを発表し続けた。

コロールライン(別名8ライン)

48年以降、花冠(コロール)ライン(別名「8ライン」)をベースにした、

「ジグザグライン」
「ウイングルック」
「バーティカルライン」
「オブリークライン」

と「8ライン」に少しずつ変化を持たせたスタイルを発表して行きました。

ジグザグライン(generous decollete)

1948年の秋冬コレクションで発表。

コレクションでは「飛翔」と「動き」のコンセプトのもと、ニュールックの基本スタイルであった長いスカート、細いウエスト、なだらかな肩のラインはそのままに、アシンメトリーな裾のラインや突き出したバッスル、襟足に向かって伸び上がりつつ大きく広がったトルクカラーつきの服には躍動や活気が満ちていました。
また、当時の流行にあわせて後ろ姿に注目を集めるように設計されており、くびれたウエストのラインに成形した布が花開くように取り付けられていました。
流れるようなシルエットを作り、服に躍動感を与えるため、裏地にワイヤーを用い、最大で体から約60cmも離れるフォルムのドレスを発表。

1949年 トロンプルイユ ミッドセンチュリー

この年のコレクションは、ラインによるシルエットの美しさとトロンプルイユの名前の通り表面上のデザインを意識した作りになっている。
とにかくタイトなスカートは、さすがに歩きにくいためかスリットが入れられ、そのスカートのタイトさに呼応するようにうウェストはボディスで締め付けられていました。しかし、そのタイトな下半身都のコントラストを楽しむかのように上半身の部分はボリュームたっぷりで大きめのポケットなどのアクセントなども多用されました。
年をおうごとに次々と進化するディオールのドレスには大量の注文が舞い込んでいきます。

1950年 オブリーク バーティカル

1950年にはさらにラインへのこだわりを追求したコレクションが発表され、不要な装飾は削ぎ落とされ、より女性の体のシルエットを強調するような女性が女性らしさを主張できるようなデザインが発表されました。
大胆にカットされたUネックはデコルテが大きく取られ、斜めになった留め具がどこか幾何学的な雰囲気を感じさせるものです。
ディオールのコレクションがそのままパリの流行となるため、こうした体のラインが強調される服を着るためには体型に気を配る必要があるというのが当時のパリジェンヌの悩みになったことは間違いないでしょう。

1951年 オーバル プリンセス

翌年にはさらにそのラインへのこだわりを顕著なものにします。
オーバルは初めてウェストを解放した作品も展示。

代表的なスペンサースーツでは、ウエストキュッと絞りヒップをゆるやかにカーブさせた黒のドレスに淡いカラーのジャケットを合わせたスタイルはさらなる新しいスタイルを確立しました。
オーバルもそうですが、プリンセスでも丸みのあるヒップと絞られたウエストに短めのジャケットやボレロなどを合わせることで視線を高い位置に持ってくることにようなデザインを全シリーズに施しました。

     

1952年 シニュアス プロファイル

全面的にウェストを解放したソフトでほっそりしたライン。

ディオールは、オートクチュールの大胆なデザイン以外にもビジネスセンスにもとても長けたデザイナーだったので、この年のコレクションではアメリカの大衆市場向けのカジュアルなラインを打ち出しました。
これまでのメイドがいないと着れないようなものから、より着やすくするためのアイデアを取り入れ、いろいろな用途に使えるカクテルドレスやカーディガンなどが発表されました。
とはいえ、やはりディオールのコレクションを着るためには体型がとても重要で服に合わせて体を作るような努力が必要なものであったことは確かです。

1953年 チューリップ キューポラ

この年はディオールのコレクションに大きな変化があった年でなんとスカート丈がひざ上にまで上がったのです。
別に大した事のないように思えますが、これまでロングスカートがあたり前だったディオールがいきなりスカート丈を短くしたことはとても大きなニュースになったほどです。
そして、コレクションは名前の通り、花柄を取り入れたオーガニックなコレクションでチューリップはそのものずばりのようなシルエットを作るウエストが細い茎になり、バストラインが花びらになるというものでした。

1954年 スズラン Hライン

前年の花のインスピレーションをそのままにそのシルエットを体現するようなドレスでしたが、大きな変化は建築的なニュールックが特徴であったディオールのコレクションからコルセットが取り除かれたことです。
骨組みを使わないように構成されたこのコレクションは、世の男性たちがダンス中に女性の体の感触が得られないという不満に対しての対応でした。

そしてこの年に発表された「Hライン」。
アルファベットコレクションのさきがけとして発表されたこのコレクションの評価はさんざんでした。
なにせ7年間も続いたディオールのニュールックがこのHラインによってすべて台無しにされたのですから。
ストレートかベル形にふくらんだスカートに平たいハイネックのボディス、このボディスの部分がHの横棒にあたります。
しかし、胸を目立たなくさせ、女性らしさを殺してしまうようなデザインはこれまでのニュールックとは正反対で批判の嵐が巻き起こったのです。

これは、この後につづくAおよびYラインも含めてバレンシアガのルース・フィットやチュニックの影響がみられ、肩の丸みも少なくなっている。

1955年 Aライン Yライン

そして、「Aライン」の登場です。
小さな頭に、小さな襟、そして肩幅も細く、スカートに向けて徐々に広がっていく、まさにアルファベットのAのように末広がりのシルエットは大成功を収めました。
Hラインの批判から一転してAラインは大衆まで含め、大いに広まっていきました。

が、そこからさらに「Yライン」を発表。
今度は下から上にかけてボリュームを増していくようなスタイルに一変したのです。

Aライン

Yライン

 

1956年 アロ- マグネット

毎年のように変わるディオールのコレクション。やはりAラインで成功をしてもすぐにYラインで覆し、翌年にはベルトを高い位置に上げる事でウエスト位置をあげ、カラコスという短い上着を合わせたアローラインを発表します。
さらにマグネットラインは、一見ふざけているかのようなコレクションでした。

1957年 リフレ ミドル スピンドル

10周年を迎えたクリスチャン・ディオールですが、この年に心臓発作でこの世をさります。
しかし、最後までコレクションを作り続けた天才デザイナーはこの年にもコレクションを発表しています。
この年には体を無理やり矯正するようなニュールックスタイルからゆったりと解放されたようなコレクションになり、これまでとは一転して体型を隠せるようなサックドレスを取り入れたスタイルを発表したのです。

まとめ

こうして10年にも渡り、パリだけでなく世界中に驚きと感動を与え続けたディオール。
ニュールックから始まり、最後にはそれすら自身で破壊してしまうという離れ業をやってのけました。
明らかに停滞していたオートクチュールに新しい風を吹き込み、様々な批判にも屈せず、リスクを取って新しいスタイルを提案し続けました。

わずか10年の間で恐ろしい速度で成長したディオールは、「ファッション界のゼネラル・モーターズ」とまで言われるようになり、完全に業界の帝王として君臨します。
が、本人は自身の死期が近いことを悟っていたのかもしれません。
亡くなるまでの数ヶ月の間に次の世代への引き継ぎを開始していたそうです。。

Hライン、Aライン、Yラインは今でも耳にされたこともあるかと思います。

どんなラインにしろ、ディオールのオートクチュールは世界一であり、女性の最も美しいラインを引きだたすようなスタイルだったことには違いはありません。

これからのどのように変わっていくか楽しみですね♪